東京からの移住者 篠崎桃子さんへのインタビュー
「誰かの役に立ちたい」という想いを実現した暮らし
この記事はダイジェスト版に編集したものです。全文はこちらから
「人の縁」がきっかけで移住
ひたちなか市に移住することになったきっかけは何ですか?
ロック・イン・ジャパン・フェスティバルに飲食店を出店したことで、茨城に縁ができました。そこから知り合いが広がって、2019年に日立市に、2021年5月にひたちなか市那珂湊地区に移住してきました。今は、ゲストハウス「編湊」の店長としてお店を運営しているほか、フリーランスとしてWeb制作の仕事などをしています。
社会の役に立ちたいという想いから茨城へ
茨城県への移住の決め手になったことはあったのでしょうか?
私の生い立ちの影響もあると思いますが、「生きている限り、少しでも社会にいい影響を与えるような仕事をしたいな」という想いがずっとありました。イベントなどを通じて仲良くなった日立市の飲食店のオーナーから、空き店舗を使って、私が昔から興味があった飲食店をやってみないかと誘われて。ちょうどいいタイミングで誘いが来たので、巡りあわせを感じて移住を決めました。
東京からの「近さ」や「仲間」が背中を押す
移住をするときに不安はありましたか?
東京から離れるのは怖かったんですけど、茨城だったら最悪、失敗したら戻ればいいかなという想いはありました。簡単に行き来できるし。また、STANDや茨城移住計画を通して人との繋がりもできやすくて、つくば、水戸、日立、ひたちなかと、県内のいろんなところで事業を頑張っている仲間がいるのも心強かったですね。
やっぱり海が魅力。これからの子育てにもベスト
最後にひたちなか市に移住をした、日常生活の感想をお聞かせください。
もともとはロック・イン・ジャパンだけでひたちなか市が好きだったのが、暮らしてみて、「まちの人たち」も、「まち」もどんどん好きになっています。
それに海との距離感が近いのが、私にとっては1番魅力的ですね。見るのも好きですし、海でとれた旬なものを旬なうちに地域で消費するのが持続可能な暮らしには必要なことだなと考えていて、こうした環境が整っていることは本当に幸せだと感じています。
また、ここは車があれば子どもをいろんな公園に連れて行ける。東京に比べて、伸び伸び子どもを育てられるのかなっていうイメージがすごく沸いています。これから結婚や子育てをする人にすごく向いているまちだと思います。
篠崎 桃子 さん
【プロフィール】
篠崎 桃子(しのざき ももこ)
1991年生まれ。埼玉出身。WEBクリエイター、ITサポート、移動式居酒屋店長、ゲストハウス店長、地域コーディネーター。
2019年まで東京で働いていたが、茨城に縁を感じ4月に移住。「立ちより居酒屋まんま」を開店。飲食営業の傍ら、ハイブリッドイノベーター型人財育成プログラム「常陸フロッグス」の立ち上げに関わる。
2021年5月に「株式会社ラッズ」へ入社。ゲストハウス編湊の運営のため、ひたちなか市に移住。そのまんまの自分でいられる場所づくりにこだわり、イベント型で飲食店を営む。
地方に居住し起業を経験したという立場から、地域おこし協力隊のサポート、人財育成などにも携わる。
茨城が大好きになったので、魅力を広げたいと思い、地域、まちに関わる様々な活動へ参加中。
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